
先日、差別的発言をされたことに対する憤りの気持ちを書いたところ、こちらにもココログの方にも、たくさんの励まし&共感コメントをいただいたのね。本当に本当にありがとう(*^^*)
差別を忌み嫌うすべての皆さん、そして、差別による心の傷が生きづらさの原因となっている皆さん。優しさと強さ、大きな愛と、時に立ち向かう勇気を持って、この世からひとつでも多くの差別をなくしていこうよ。差別を作っているのは哀しいかな、同じ“人"なのだから。
天は、人の上にも下にも、人を作ってはいない。そう私は信じている。
差別といえば、先日新宿の紀伊国屋サザンシアターで、在日俳人の俳句を音楽劇にした舞台、「アウトロー・WE 望郷編」を観劇したのね。

主人公は在日コリアン二世。一世が初めに日本に渡って来た人で、日本で生まれたその子供が二世。
「アウトロー・WE 望郷編」は、戦後の貧しい時代、そして高度成長期を、日本に戸籍をもたない(帰化しない)ひとりの在日韓国人が、己が宿命と差別に嘆き苦しみ、その中で出会った人々の情愛や温かみに触れ、自分の在り方や存在意義を見つけ出していくという物語。
そして、そこにたどり着くまでのせつない思いを俳句にして昇華させたのが、この劇の主人公である、姜 東氏。通名ではなく、本名での句集を出しておられる。
主人公が我がハラボジ(祖父)の姿と重なり、涙が止まらなかったよ。
「ご飯食べたか?」「勉強しているか?」が挨拶代わりだったハラボジ。「じーじはなんで会うたび、必ず最初にご飯と勉強のことを聞くのだろう?」と幼な心にいつも思っていた。
ご飯が食べられない、日々の暮らしで精一杯で勉強することもままならない、そんな苦しい経験を、慶州から日本に渡ってして来たからなのだろう。
そして、ハラボジが事業や寄付にやたら熱心だったわけ、勉強することに物凄く厳しかった理由、「恨」と「怨」の奥にある「哀」と「愁」を、この劇は改めて教えてくれた。
もしかしたら私は、天国からのメッセージを聞くために、この舞台に引き寄せられたのかもしれない。そう感じて空を見上げた。
「大丈夫。しっかりと受け継がれたこの血は、私に誇りと生きる力を与えてくれているよ」
そう天に向かって呟いた。
ご先祖さまは、何かしらの形で子孫にメッセージを投げてくる。 それは家を守るためだったり、大切なメッセージであったり、お叱りや警告だったり。
だから、天からの声に耳を傾けてみよう。それはあなたをいつも見守っている、大きな大きな存在の“魂の声"。
アフィ先生、ご無沙汰です。
差別する人はきっと心が不幸で、優越感を得たいだけなのだろうと思うのです。皆がこの地球上に生きる住民だと思えば、分かりやすいのに。別に誇りも劣等感も必要ないと思いますし、この命を全うするのみですけどね。先生はどう思いますか?
Carolさん>
地球の住人(*^^*)本当にそうですね。私は自分に誇りを持って生きることと、優越感にひたって生きることは別物だと解釈しています。そして、人は劣等感から謙虚さを養われるのだと思っています。だから私にはどちらも必要かな(*^^*)